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東京地方裁判所 平成4年(ワ)4710号 判決 1992年8月11日

原告

浅井岩根

谷口敏美

原告谷口敏美訴訟代理人弁護士

浅井岩根

原告ら両名訴訟代理人弁護士

武井共夫

鈴木義仁

野々山宏

上柳敏郎

小笠原伸児

他九一名

被告

岩崎琢弥

副島忠雄

大橋朗慶

神崎泰雄

高尾吉郎

須田英壽

梅村正司

加藤正夫

幸真佐男

曽我部安正

山下勉

高塚慶一

白川祐司

森本恭平

城所孝至

鈴木紀弌

右被告ら訴訟代理人弁護士

仁科康

藤井正夫

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

一本件は、日興證券株式会社の株主である原告らが、同社の取締役を被告として、被告らが同社の一部の顧客に対して証券取引等に関して生じた損失を補填し、又はその得た利益に追加するためにした行為が違法であると主張し、その行為によって同社が受けた損害の賠償として四七〇億七五〇〇万円を同社に連帯して支払うよう求めた株主の代表訴訟である。

二ところで、訴えを提起するには、民事訴訟費用等に関する法律(以下「費用法」という。)三条一項及び別表第一の一の項に従い、訴訟の目的の価額に応じて算出して得た額の手数料を納めなければならないが、本件は、財産権上の請求にほかならないから、その訴訟の目的の価額は訴えをもって主張する利益により算定すべきであるところ(費用法四条一項、民訴法二二条一項)、本件のような取締役の責任を追及する株主の代表訴訟については、請求が認容された場合に会社が受ける利益が訴えをもって主張する利益に当たり、したがって、その額は、請求金額であると解するのが相当である。

その理由は、以下のとおりである。

1  取締役の責任を追及する株主の代表訴訟は、会社が取締役に対して請求権を有するにもかかわらず会社が訴えを提起しない場合に、株主が、会社に代わって原告となり、取締役を被告として提起する訴訟であって、その確定判決は、会社に対して効力を有し(民訴法二〇一条二項)、それが請求を認容したものである場合には、会社はそれを債務名義として強制執行をすることができることになる(民事執行法二三条一項二号)。

すなわち、この訴訟は、会社が取締役に対して有する請求権を訴訟物とするものであり、その請求が認容された場合には、会社が請求金額に相当する利益を得ることになるのであるから、その実質上の利益の帰属主体は会社であり、株主は会社に代わって訴えを提起する権限を与えられているにすぎない。

したがって、この訴訟における訴えをもって主張する利益は、請求が認容されることにより会社が受ける利益であるとみるのが相当であり、その額は、訴訟物である請求権の金額にほかならない。

2  また、代表訴訟と同じく、権利の帰属主体ではない第三者に訴訟追行権を認めたいわゆる第三者の訴訟担当の場合として、債権者代位訴訟や取立訴訟があるが、これらの場合についても、一般に、訴訟物である権利(代位行使される権利や取り立てられる債権)の実現によって得られる利益が訴えをもって主張する利益に当たると解されている。したがって、第三者は、これらの訴えを提起するに当たり、訴訟物である権利の帰属主体が自ら訴えを提起する場合に必要とされるのと同じ額の手数料を納付しなければならないが、これらの訴訟は、第三者が権利の帰属主体に代わって訴えを提起するものであることにかんがみれば、それは当然のことであり、また、権利の帰属主体が自ら訴えを提起した場合との均衡という観点からも合理性があるというべきであり、以上のことは、株主の代表訴訟についても、そのまま妥当すると考えられる。

3  もっとも、地方自治法二四二条の二第一項四号により普通地方公共団体の住民が提起する損害賠償請求訴訟(住民訴訟)も、第三者の訴訟担当の場合の一であるが、この訴訟における訴えをもって主張する利益は、地方公共団体の損害が回復されることによってその訴えの原告を含む住民全体の受けるべき利益であり、その算定は極めて困難であるから、費用法四条二項に準じて定めるのが相当であると解されている(最高裁判所第一小法廷昭和五三年三月三〇日判決民集三二巻二号四八五頁)。

ところで、この考え方は、住民訴訟の制度が、地方自治の本旨に基づく住民参政の一環として、住民に対し、普通地方公共団体との執行機関等による財務会計上の違法な行為等の予防又は是正を裁判所に請求する権限を与え、もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的としたものであって、その原告は、自己の個人的利益のためや地方公共団体そのものの利益のためにではなく、専ら原告を含む住民全体の利益のために、いわば公益の代表者として地方財務行政の適正化を主張するものであるという住民訴訟の特殊な目的及び性格から導かれたものであると解される。

これに対し、株主の代表訴訟の制度は、株主が、いわば会社の代表機関的な立場で、会社に代位して訴えを提起することにより、会社の請求権の実現を図ることを主たる目的とするものであり、この制度を通して、株主が取締役の職務の執行を監督是正するという機能を果たすことになることがあるとしても、それは、副次的な効用にすぎないと解される。したがって、住民訴訟における訴えをもって主張する利益に関する前示の考え方を株主の代表訴訟におけるそれに及ぼすことはできない。

4  なお、代表訴訟における訴えをもって主張する利益について、請求が認容された場合に会社が受ける利益がこれに当たると解するならば、株主が手数料の負担に堪えないため、訴えの提起を断念するほかない場合が生じ、その結果、実質的に代表訴訟の制度が機能しなくなるおそれがあるという批判がある。

しかし、代表訴訟を提起しようとする株主は、訴え提起の手数料の負担の関係上、会社の請求権の全部を訴訟物とすることが困難であるならば、その一部を訴訟物として訴えを提起することも可能であり、これにより所期の目的を達成することができると考えられる(その請求が認容され、その判決の理由によれば、残額の請求が可能である場合には、その残額の請求権の実現については会社が適切な処置を執ることが期待されるのであり、もし、会社がそれを放置し、その結果、その残額の請求権の実現が不能に帰した場合には、特段の事情がない限り、それを放置した取締役が責任を問われることになろう。)から、右の批判は当たらないというべきである(もっとも、株主が、会社の請求権について、訴えの提起により消滅時効の中断の効力を得る目的で、その請求権の全部を訴訟物として訴えを提起しようとする場合には、その訴訟物の価額に応じた手数料を負担しなければならないことになるが、会社が消滅時効の中断の効力を得るために自らが訴えを提起する場合よりも、手数料の負担において軽減されるべき合理的な理由はないから、それはやむを得ないことである。)。

三そうすると、原告らは、本件訴えを提起するについて、訴訟の目的の価額である請求金額四七〇億七五〇〇万円に応じて費用法別表第一の一の項により算出して得た額の手数料を納めなければならず、その額は、二億三五三八万二六〇〇円となるところ、原告らが納めた手数料は八二〇〇円にすぎない。

そこで、当裁判所は、平成四年六月一五日に原告ら訴訟代理人に送達された補正命令をもって、同命令の送達の日から三週間以内に、訴えの提起の手数料の不足分として二億三五三七万四四〇〇円を追加して納付するように命じたが、原告らは、これに応じなかった。

四よって、本件訴えは不適法であり、その欠缺を補正することができないから、民事訴訟法二〇二条によりこれを却下する。

(裁判長裁判官青山正明 裁判官植垣勝裕 裁判官川畑正文)

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